「先生、これが答えなんて、納得できません」
このセリフ、今まで14年間予備校講師をしてきて、
英語を教えている中で何度か聞いたセリフです。
予備校講師の仕事は、生徒の成績を上げること。
そのためには、設問の内容や解答の理解を促すことが
とても重要です。
そのために、授業は丁寧に解説するし、
論理建てて筋道通して説明をします。
それは個別指導であろうとも同じです。
たとえ問題がわからなくても、
答えを読んで納得できたのなら一歩前進です。
(もちろんアウトプットできるようになるまでの
練習は必要ですが、それは置いときます)
納得という要素は、自分がこれから何か始める際にも
必要なものでもあります。
例えば引っ越しをする際、複数の物件を見て、
いろんな条件を考えに考えます。
その上で最終的に納得した物件に引っ越しします。
その一方で、納得が不要なケースもあります。
それは、全く新しいことを始める場合です。
先程の引っ越しであれば、物件はすでに存在しますし、
おおよそ自分の頭の中で希望の条件があるのですから、
それに従って比較して「納得」して引っ越しします。
ところが、新しいビジネスを始めたり、
今まで自分が取り組んだことのないことを
やろうとしている際には、むしろ納得が邪魔をする場合があります。
新しいビジネスを始める際、自分が納得のいくまで
調べる方は多いと思います。
もちろん、下調べはとても大事です。
調べること自体は何の問題もありません。
ただ、調べている最中だから、ということを理由に
一歩踏み出せないのであれば、調べ物はそこそこに、
始めてしまったほうがいいのです。
特にビジネスの場合は、やってみないとわからないのほうが
たくさんあります。
調べてわかることもありますが、実際にやりながら
学んでいくことのほうが多いですし、自分の実になります。
そもそも、新しいことに挑戦してようとしているなら、
今までの自分の価値観にないことを始めるのなら、
納得は「過去の自分」がすることなので、
足を引っ張ることになりかねません。
納得の外に行くことでしか、自分の殻を破ることはできません。
「ホンマに、これでいいん?」
と思っているときのほうが、自分の枠を広げています。
合ってるかわからないまま、やってみる。
そして結果を見て、検証して、修正すべきところは修正したらいい。
全部納得行くまで調べていたら、時間が立ちすぎてしまいます。
それだけで一生を終えてしまうのでは?
さて、冒頭のセリフを言う生徒への対応としてはいくつかあります。
①納得いくまでこちらが説明する
②納得いくまで考えてもらう
③「こういうものです」で押し切る
④そもそも答えが間違っている、と結論付ける
①は割と多くの講師はやると思いますし、
僕も多くのケースはこれをやります。
教育的観点で言えば、本当はこれは考える力を奪うことにも
なりかねないので、時間が許すならば②を選択したいところです。
④は、本当に答えが間違えているときがあるので、
こういうときには生徒からの指摘は助かります(^^;;
③はどうでしょうか。
すごくぶっきらぼうで生徒のことを考えていないように思えます。
実際そういう場合もあるかもしれません。
ただ、生徒の考え方に無理がある場合、
「こういうものだ」と言うしかありません。
それは、生徒の納得を超えているところです。
理詰めで考える生徒ほど、それが理論的ではなく屁理屈になっていて
筋道が通っていないことがあります。
成績を上げるということは、
今の自分の殻を破って成長すること。
納得しないものを受け入れることもやっていてほしいな、
と感じています。